No.49 NAOKO KOUDE
価値ある服が生まれる背景を、デザイナーの神出奈央子さんに聞いた。
迫村 先日、別の企画で神出さんにお招きいただいてお話させていただいたので、今回は逆オファーで僕が神出さんにお話を聞きたいと思います。BIOTOPとPheetaさんのおつきあいもけっこう長くなりましたね。
神出 Pheetaは2019年の春夏にスタートしたのですが、ファーストコレクションからずっとお取り扱いしていただいているので、もう丸6年になりますね。
迫村 神出さんのファッション業界でのキャリアは、ユナイテッドアローズからスタートしたのですか?
神出 いえ、最初は夜間の専門学校に通いながら昼間はOEMの仕事をして、その次は海外に本社があるブランドの、日本支社の企画チームにいました。
迫村 専門学校では何を学んでいたんですか?
神出 文化服装学院でパターンを学びつつ、東京ニットファッションアカデミーというニット専門の学校にも通っていました。もともと京都にある短大の服飾造形学科を卒業したのですが、そこではパターンの基本など技術的なことから、繊維学やファッションの歴史などファッション全般について幅広く学びました。
迫村 なるほど、だからファッションのものづくり全般に詳しいんですね。何でも本格的に作れる理由がいまわかりました。
神出 本格的なんて恐れ多いです。ずっと服を作る人になりたかったけれど、その方法を教えてくれる人が地元の奈良にはいなかったんです。だから自分でできるところから少しずつ勉強していったという感じですね。
年に2〜3回インドに行くという神出さんは、いつも工場を訪ねてインド国内を回っているので、きちんと観光したことがないそう。「まだタージマハルも見たことないんです」
迫村 でもニットはとても難しいので、作れる人が少ないですよね。
神出 ニットのメリヤスって、漢字だと「莫大小」と書くくらい伸縮性があるため、幅を持たせて設計しないといけないから確かに特殊かもしれません。私が通っていたニットのアカデミーも、大手のアパレルメーカーから求人が多いと聞きました。いろいろなものづくりの勉強をしたあと、ユナイテッドアローズにデザイナー採用で中途入社したんです。最初はアナザーエディションを希望していました。
迫村 アナザーエディションのどんなところに魅力を感じましたか?
神出 20年くらい前に、アナザーエディションはすでにインドで生産をしていたんです。当時、オリジナルアイテムをインドで作っているブランドはあまりなかったので面白そうだなと思っていました。
迫村 アナザーエディションではディレクターも務め、そのあとPheetaを立ち上げたんですよね? 会社にはどのようにプレゼンしたのですか?
神出 7〜8年前くらいはファストファッション全盛期で、一生懸命作った服がすぐにセールになることに疑問を感じていたので、長く着られる服を作りたいという思いがまずありました。前ブランドでは、カットソーや布帛、ニットも含めさまざまなアイテムを、アメリカ、ベトナム、タイ、そして日本などいろいろな国で作っていたのですが、その中で自分にとって圧倒的に個性的だと思えたのがインドでした。しかし他の国にはないような美しい手作業の刺繍やプリントがあるにもかかわらず、価格の縛りのせいか、丁寧に仕上げられている洋服が少ないように感じていました。突き詰めることで、よりインドの魅力を生かした服が作れるのではないかという思いがありました。
ゆったりしたシルエットだが、ファッション性を感じさせるPheetaの服。大切な服を繋いでいけるよう、染め替えをしてくれるのも特徴の一つ。
迫村 そこから生まれたのがPheetaだったわけですね。最初のサンプルからインドで作っていたのですか?
神出 はい、自分一人でスタートしたので、生産はどこか1カ所に絞ったほうが効率がいいと思っていました。デニムやTシャツ、ニットなどを作るのも好きですが、どれもいいブランドがたくさんありますよね。まだあまりなくて、しかも自分が得意なジャンルで勝負したいなと思ったときに、インド生産の服が思い浮かんだんです。インドは慣れ親しんでいたので、まずは現地の知り合いとメールなどでやりとりして、実際に生産が始まるタイミングで再びインドに通い始めました。
迫村 ファーストコレクションは何型くらい作ったんですか?
神出 ウィメンズを20型くらいです。自分としてはなかなかいいと思えるものができて、海外ブランドの日本での展示会のときに、隣で一緒に展示させてもらったんです。
迫村 そのときに僕はPheetaを見たんです。手作業の温もりがあるのにモダンで、でもプライスはほどほどに抑えてあって好印象でした。ちょうどBIOTOPにもリラックスした服を入れたいと思っていたのでこれは良さそうと、メンズの別注をお願いすることにしました。インドには毎シーズン行っているんですか?
神出 年に2〜3回行っています。Pheetaは手仕事が基本なので、縫製してくれる工場をベースに、タックを織る職人やプリントを木版にする職人、手刺繍する職人など、さまざまな職人を訪ねて地方の工場を回っています。
迫村 Pheetaの服は本当に緻密に仕上げられていますが、どうやってインドの職人たちに、精度高くイメージを伝えているんですか?
神出 パターンなどの指示書は英語で紙に書き、現地にはコピー機がないところもあるので、データではなく郵送で送っています。刺繍の図案なら実際描いたラフを貼付します。それと並行して、希望する生地見本を作ってもらい、図案が出来上がって仕様書も完成したら、理想的な厚みと糸の太さになるまで生地見本のやりとりを続けて……というようなことを地道に繰り返すアナログな方法です。
迫村 Pheetaの服を見て感心するのは、プリントも刺繍もすごいし、縫製もしっかりしていてフォルムの出し方もうまい。何よりもクラフト感があるのに、決してほっこりせずモダンに仕上げていること。どんな点が一番難しいですか?
神出 やはり意図を正確に汲み取ってもらうことですね。たとえば私がレースの図案を細かく描いて送るのですが、なかなか思った通りにはならなかったりする。そこで、ここはこう直せるか、ここはもっと密度を上げられるのか、またはもっと粗くできるのか、ここの柄はこのままキープできるか、など理想を丁寧に伝えていき、一つずつ「できる」「できない」を確認していきます。私が最初に描いていたものと違うこともありますが、手作業なので限界もあるし、どこまで許容できるかも含めて可能な限り突き詰めていくという作業が必要になります。
迫村 根気強さが重要ですね。何でできないの?とか、心が折れたりしませんか?
神出 現地に確認しに行くと、大変だなと思うことはあります。手作業で作っているので、すごく難しいことを言っている自覚はあるのですが、でも簡単にOKを出せば理想からは離れていってしまうので、極力厳しく、ここはOKだけどここはだめという線引きをきちんと伝えるようにしています。
迫村 ずっと一緒に作り続けることで、レベルが上がってきたという手応えを感じることはありますか?
神出 ありますね。一番苦労するのは生地を作ることなのですが、インドは暑い国なので、同じコットンの手織り布でも日本製に比べて甘織りなんです。だから風通しがよくて気持ちよかったりもするんですが、Pheetaはやはりシルエットをきちんと出したいし耐久性も必要なので、もう少し糸の本数を増やして詰めてほしいとリクエストすることが多いです。その結果、しなやかだけど厚みのあるしっかりした生地が仕上がってきます。そこまで持っていくのは大変ですが、繰り返していくうちに、職人たちも私の好みとか意図を汲み取って、極力寄り添ってくれるようになるんです。Pheetaはこういう服なんだ、という取り決めを根気強く理解していただく。手仕事だからこそ一定の規律が必要で、そのコミュニケーションの積み重ねがクオリティにつながっていくのだと思います。職人たちも「Pheetaの服を作っている」という自信や自負をうれしそうに持ってくださっています。
迫村 お話を聞いていて、Pheetaのクオリティの高さの理由が納得できました。本当に価値がある服だと思います。さらに神出さんの考える「ずっと着られる服」というコンセプトもすばらしいですね。
神出 長く着られるということがとても大切なことだと思うので、お直しや染め替えを受け付けています。年齢を重ねると着られない服もあると思うのですが、Pheetaでは、年齢を重ねても着られるようなしっかりした服を作りたいですね。女性は出産などで体型が変わったりしますが、そうした変化があっても自然に着こなせるよう、フィットしすぎないシルエットにしています。流行っても、60歳になって着こなすのが難しそうなら取り入れない、というのがデザインするときの基本です。トレンドに寄り過ぎず、ファッションとクラフトのちょうど中間点でありたいと考えています。
BIOTOPではウィメンズに加え、この秋冬からメンドの取り扱いをスタート。ウールやデニムなど6型揃える予定。
迫村 ところで、神出さんはいつ、どんなきっかけでファッションに興味を持ったのか気になります。
神出 迫村さんはどうですか?(笑)
迫村 僕はなぜか、小学生の頃から服が好きだったんですよ。サッカーをしていたんですが、コーチの大学生がたまたまおしゃれで、いつもラルフ ローレンのポロシャツやリーバイスのデニム、リーガルのローファーみたいな格好をしていてかっこいいなあ…とファッションに目覚め、そのまま今に至っています(笑)
神出 私は高校に入って初めて制服を着るようになったんです。そうなると私服を着られるのは休みの日だけ。自由に服を選んで着ることの楽しさを、急に意識するようになりました。そこから自分が好きな服って何だろう? と考えるようになり、ファッション雑誌や、ミラノやパリのコレクションレポートの雑誌などを研究しました。でも高校生にはもちろん買えないから、自分で服をリメイクするようになったんです。周りの友だちにも頼まれたりして、それが服を作る喜びの原体験だった気がしますね。
迫村 その原体験が本当に仕事になったんですね。今は休みの日とかは何をされているんですか?
神出 キャンプが好きでよく行っています。
迫村 神出さんは意外性がありますよね。以前、ナインインチネイルズが好きと聞いたときは驚きました。同じクラスで、頭が良くてインドアなイメージの女子が、なんと通好みのロックを聴いていた! みたいな、男子的にはギャップ萌えする感じ(笑)
神出 本当ですか?(笑) じつはフェスも好きで、キャンプしながら音楽を聴くのが大好きなんです。8年前くらいに行ったアメリカのフェスは忘れられないですね。コーチェラの会場の近くで開催されたフェスで、その時1回きりだったのですが、1日目がローリングストーンズとボブ・ディラン、2日目がニール・ヤングとポール・マッカートニー、3日目がザ・フーと元ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズ。衝撃を受けるくらいかっこよかったです。
迫村 なんですか、そのレジェンドだらけのフェスは!(笑)
キャンプやフェスが大好きというアクティブな一面がある神出さん。「ナインインチネイルズが好きだと聞いたときはうれしかった!」(迫村)
神出 2〜3日キャンプをしていると化学繊維を着たくないなとつくづく感じるんですよ。汗をかいてべたべたするとき、やはりリネンとかコットンの服は気持ちいいなあと実感します。
迫村 ちょっとヒッピー的なマインドがありますよね。一人でインドに行くのもそうだし、お子さんが生まれたときも1シーズンも休まずすぐに復帰していました。とにかくタフでパワフルです。さて、この秋冬からメンズがスタートします。BIOTOPには6型はいりますが、刺し子や手織りのデニムなど、独特の風合いがいいですね。ウィメンズのカットソーの素材感もいいし、ニットも素晴らしい。
神出 インドのオーガニックコットンを日本で編み立てて、草木染めで製品染めしています。ニットはインドとネパールで、手編みで仕上げています。メンズで使用したウールは、インドではなかなか織れるところがなくて、インドの北端、パキスタンの国境近くにあるアムリッツアという都市まで行きました。その地域は薄手のウール生地を織る文化があって、100年くらい前のウール織機がまだ残っているんです。その技術を使って厚めの生地を作ってもらいました。
<左>デニム刺し子シャツ(PHUN-SH3)¥93,500 <中>オーガニックコットンシャツ( Trinity )¥36,300 <右>ウールパンツ( Jones )¥49,500/以上Pheeta(BIOTOP)
迫村 このウールはめちゃくちゃいいです。僕も買いたいです。精度が高く、すごい存在感があるのでぜひ多くの方に手に取っていただきたいですね。これなら染め直したり娘に譲ったりと、本当に長く着られそうです。BIOTOPのお客様の反応も楽しみ。今後のPheetaの展望も聞かせていただけますか?
神出 やはりものづくりが好きなので、ブランドの根幹である、世界中の価値ある手仕事を愚直に繋ぎ続けたいです。
神出奈央子
Naoko Koude
「Pheeta」デザイナー
Interview with
迫村岳/BIOTOP ディレクター
セレクトショップの企画、チーフデザイナーやディレクターを経て、2019年春夏に「Pheeta」をスタート。「Pheeta」とはサンスクリット語で「レース」という意味。“繋ぐ”をコンセプトにしているので、ネームタグなどを円形にし、時間や1本の糸が繋がる様子を表現している。Instagram:@pheeta_official