No.50 NAMIKO KAJITANI

このフラワーショップを手がけるのは、イベントや広告などのフラワーデコレーションで活躍する、
「zero two THREE」代表の梶谷奈允子さん。
どのような経緯で、独特でダイナミックかつ繊細なフラワーデコレーションが生まれたのか、
またこれからどんなショップを目指すのか、お話を伺った。
迫村 まず、梶谷さんがお花の仕事をしたいと思ったきっかけをお聞かせください。
梶谷 地元の愛知県にいた頃、誰かにお花をプレゼントしたいと思っても、なかなか思い通りのラッピングをしてくれるお店がみつかりませんでした。ファッション雑誌を見て着こなしを研究するように、洋書を見れば素敵なフラワーアレンジがたくさん紹介されている。誰かこういう花束を作ってくれないかなと考えているうちに、あるときふと「そうか、自分でやればいいんだ」と思いついたんです。当時は大学に通いながらグラフィックの専門学校にも通っていて、卒業したらデザイン関係の仕事をしようと思っていたのですが、お花の仕事をしようと思った瞬間、就活をやめました。思い立ったら行動が早いので、決心した翌週の月曜には花市場に偵察に行っていましたね。それから毎朝、学校に行く前に花市場に見学に行くのが日課になりました。

花に関わる仕事は、花農家で生産現場を学ぶことからスタートしたという梶谷さん。
迫村 すごい行動力ですね。卒業後はどんな仕事から始めたのですか?
梶谷 最初は農家で働いたんです。
迫村 農家で!? どんな農家ですか?
梶谷 花を作る農家です。愛知県は花の生産量が全国一で、花に関しては独特な文化があります。愛知では農家で花を育てた人が、自分で軽トラを運転して路上で売っていたりします。そこでけっこういい花が売られていたりして、ちょっとアジア的な雰囲気があるんです。日本は菊の需要が多いのですが、愛知県は電照菊も有名だし菊の生産量も日本一。とにかく花の生産者がとても多い地域なんです。
迫村 愛知県は花の生産が盛んだということを初めて知りました。なぜそんなに盛んなのでしょうか?
梶谷 気候がよくて花が育ちやすいというのもあると思いますが、昔から花を飾るという文化が生活に根付いている気がします。子供からお年寄りまで、お花のお稽古に行くのが習慣になっている人が多いですね。お花のレッスンを受ける人が、おそらく日本で一番多いのではないかと思っています。

得意なフラワーデコレーションは「横幅5mとかの大きいものですね」という梶谷さん。「それは感性と体力が必要ですね」(迫村)
迫村 卒業してすぐに花農家で働いたのは、やはりいつかお花を生業にしたいという目的のためですか?
梶谷 そうですね。いきなりお花屋さんで働くよりも、先に農家で実際に花を育てる現場を知っておいたら、将来強みになるかなと思いました。地元に花農家はたくさんあったし、中には特定の品種を極めている生産者もたくさんいました。そういう現場で花について学んだら、何かを吸収できるのではないかと思って1年半くらい働きました。
迫村 お花の生産を学びつつ、お花のデコレーションについても研究していたのですね。デコレーションのイメージは何を参考にしたのですか?
梶谷 洋書です。書店に行って洋書を広げると、そこには素敵な世界が広がっていました。こういうものが作りたいとすごく憧れて、どうしたらこの世界観を実現できるかと考えていたところ、東京と名古屋を行き来しているフラワーデコレーションの先生がいると知り、農家で働いた後、その方のところで修業しました。3年くらい経った頃、先生から自分で仕事を取ってきたらどうかと言われました。それで必死で探して営業に行って、最初にもらった仕事がウェディングだったんです。
迫村 名古屋の結婚式はすごく華やかだと聞いたことがありますが。
梶谷 すごいですよ! 私がウェディングの仕事を始めた頃でもまだ昔の名残があって、たとえば結婚する人の家の2階から、ご祝儀のお菓子やお餅を次々と投げるという風習があるんです。私も子どもの頃は、近所の人の結婚式があると聞くと、朝その家に行ってお菓子が降ってくるのを待っていました(笑)。そんな風習もあるくらいなので結婚式はとても盛大なイベントです。当時はレストラン・ウェディングも流行っていて、そこでようやくお花の仕事で稼げるようになりました。
迫村 噂以上に豪華なんですね(笑)。名古屋のウェディングでいろいろ貴重な経験ができたんですね。
梶谷 そうですね。仕事がだんだん軌道にのり、ホテルでのウェディングやレストラン・ウェディングなどいろいろ経験しているうちに、ハウス・ウェディングが流行り始めたんです。もしかするとハウス・ウェディングは洋書の世界に近いかも? と思い、すぐに営業に行きました。そのハウス・ウェディングの会社に誘われて入社し、そこでお花に関する部署を立ち上げて10年ほど仕事をしていました。

「決め込んだアレンジより、少し抜け感あるほうが好き」(梶谷さん)
迫村 さまざまなウェディングスタイルの現場を経験してきたんですね。東京にはいつ出てきたんですか?
梶谷 ハウス・ウェディングの会社に入って3年目くらいに東京に出てきました。その会社が成長して全国に出店したおかげで、日本各地でお花の仕事をすることができました。海外にも展開したので上海でも仕事したり、ウェディング以外にイベントの仕事も手がけたりと、けっこう自由にいろいろなことをさせていただいた後、7〜8年前に独立しました。
迫村 最初にアトリエを構えたのが白金台だったんですよね? 独立後はどんな仕事をなさっていたんですか?
梶谷 ハイブランドのイベントの仕事や、個人のレッスンなども始めました。スタッフも増えた頃、BIOTOPさんからお声がけいただき白金台店の店内で個展をさせていただきました。
迫村 6年近く前ですよね。 BIOTOP白金台の3階のレストランが、現在の「LIKE」に変わるタイミングでした。改装工事が入るまでの間、スペースを利用してなにか面白い展示ができないかなと思い、梶谷さんにお花の個展をしていただいたんです。とても好評だったのが印象的で、今回ついにBIOTOPの1階に「Flower shop BIOTOP by zero two THREE」を出店していただくことになりました。梶谷さんの会社は世田谷区深沢にありますが、お店としてはBIOTOPが初めてなんですね。僕はお花にそれほど詳しくなくて、ただ感覚的に素敵だなと思ったからお願いしたのですが、梶谷さんのフラワーデコレーションは、何か特別なスタイルとかがあるのですか?
梶谷 特に決めているスタイルはないんです。どこかの流派を学んだわけでもなく、これといったルールがあるわけでもない。ただ、あまり見たことない、ちょっと変わったお花を意識して入れるようにしています。一般的な花のなかに、少し面白い花が混ざっていると意外とまとまりやすいし、特別な感じがすると思います。あとはファッションと同じで、今ってこういう気分だよねという感覚を、花の組み合わせやラッピングに落とし込むようにしていますね。

ファッションやビューティーの売り場に隣接。BIOTOPが提案するライフスタイルに溶け込むフラワーショップ。
迫村 フラワーショップの内装はどんなイメージで考えたのですか?
梶谷 とにかく花がきれいに見えることを優先しました。BIOTOPは中庭のほうからきれいな光が入るので、それを生かしつつ、白金台という土地柄やお客様のイメージも考慮しました。
迫村 オープンしてから3ヵ月ちょっとですが、営業してみた感想はいかがですか?
梶谷 常連のお客様がいてくださるという実感があり、それがとてもうれしいです。始める前からある程度予想はしていましたが、想像以上で驚いています。昔ここで展示をさせていただいたときにいらしてくださったお客様が、今でもショップやレッスンに来てくださるんですよ。BIOTOPで出合ったお客様が何年も繋がっているんです。いろいろなご家庭に、ほんの1本でもお花がある生活が浸透していったらいいなというのが私たちの願いなので、それがここで実践できていることに感動します。

花束やアレンジメントのオーダーは、店頭や電話、メールにて。
TEL:03-3444-2894 MAIL:flowershop_biotop@003ztt.com
迫村 ところで、店名にもなっている「zero two THREE(003)」とは、どういう意味なんでしょう?
梶谷 自分にとって昔農家で働いていた経験がとても大切で、その頃抱いていた、花をもっと上手に作れるようになりたいとか、もっとお客様に喜んでもらいたいという気持ちをいつまでも忘れたくないと思っています。その初心を忘れないようにとまず「0(ゼロ)」を入れたかったんです。あと、現在は「奈允子」という名前ですが、もともとは「奈三子」だったんです。画数がよくないからと小学校のときに突然変えることになったのですが、その本来の「三」へのオマージュとして「3(THREE)」を入れることにしました。そして私はもともとお花の学校にも行っていないし、どこかで習ったわけでもなく基礎がないので、「1」を抜いて「003」となりました。
迫村 今後、このショップでやってみたいことなどありますか?
梶谷 たくさんあるのですが、まずは今年、アンティークのフラワーベースを扱いたいと考えています。20代の頃からヨーロッパのアンティークの器が好きで、少しずつ集めています。それをポップアップで紹介できたらいいですね。いろいろ面白い企画を考えているので、これからここでひとつずつ実現していけたらいいなと思っています。
迫村 素敵ですね! 春になって温かくなったら、中庭を使って何かできそうですね。これからいろいろ楽しみです。

梶谷奈允子
Namiko Kajitani
「zero two THREE」代表、フラワーデザイナー。

Interview with
迫村岳/BIOTOP ディレクター
ハイブランドのイベントや広告のフラワーデコレーションを数多く手がけ、フォーシーズンズホテル東京大手町、フォーシーズンズホテル京都、フォーシーズンズホテル大阪の装花を担当。ニューヨークで2度個展を開催。著書に『美しい押し花図譜』(誠文堂新光社)。2024年、BIOTOP白金台の1階に「「Flower shop BIOTOP by zero two THREE」をオープン。
Instagram: @zerotwothree.003 @biotop_byzerotwothree