
Seya. POP-UP SHOP at BIOTOP FUKUOKA & OSAKA
2025.10.18 Sat. – 10.26 Sun.
2017年春夏にスタートし、クリエイティブディレクター・瀬谷慶子氏が手がけるブランド「Seya. (セヤ) 」。
Seya. はファッション・オブジェ・アクセサリー・香り・写真と文化に関わるものをクリエイトするプロジェクト的なブランドです。
ドキュメンタリー的なアプローチで、毎シーズンの旅を通して感じられた世界の様々な文化的価値感をクリエーションを通して伝えており、BIOTOP でも高い人気を誇っています。
BIOTOP では Seya.「25AW #17 LOZÈRE 」コレクションの POP-UP SHOP を、BIOTOP FUKUOKA・OSAKA 2店舗にて 10/18 (土) – 10/26 (日) の日程で開催いたします。
BIOTOP FUKUOKA には、POP-UP SHOP 初日と 2日目にクリエイティブディレクター・瀬谷慶子氏が在店。
加えて、瀬谷氏が「25AW #17 LOZÈRE 」コレクションの組み立ててに使用したインスピレーションアイテムを展示いたします。
また、BIOTOP OSAKA では瀬谷氏がこれまで旅の中で収集した「旅の記憶」のアイテムを特別販売いたします。
今シーズンの「25AW #17 LOZÈRE 」コレクションはもちろん、今回の POP-UP SHOP ならではのアイテムと共に、天然素材を重視したピュアでオーガニックなノージェンダーの自由で洗練された日常のエレガンスを提案する Seya. の世界観を、ぜひ感じてみてください。
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Seya. POP-UP SHOP
<開催期間>
2025年10月18日 (土) – 10月26日 (日)
<開催店舗>
BIOTOP FUKUOKA
〒810-0042 福岡県福岡市中央区赤坂 2-6-30 Tel: 092-751-7061
BIOTOP OSAKA
〒550-0015 大阪市西区南堀江1-16-1メブロ16番館 Tel: 06-6531-8223
<BIOTOP FUKUOKA 瀬谷氏在店>
10月18日 (土) 11:00 – 17:00頃
10月19日 (日) 11:00 – 14:00頃
<ノベルティ>
Seya. POP-UP SHOP 期間中、Seya. の商品をお買い上げいただいたお客様へノベルティをご用意しております。 * 数に限りがございます。予めご了承ください。




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「25AW #17 LOZÈRE」 Intoroduction
フランスの、誰も行かない、忘れ去られたような田舎を探していました。 光溢れるプロバンス、豊かな田園風景が広がるノルマンディ、川のほとりにお城が建つ小さな街 。。。 世界中の観光客が夢見るフランス的な魅力とは別なものを求めていました。
Lozèreは南フランス、 オキシタン地方にあるフランスで一番人口が少ない県です。
ある友人の別荘がLozèreにあります。
あたりには何もない、家すらない山の中です。 演劇団に属していた、当時左翼であった友人の祖父が1968年の学生運動の際にパリから逃げてきたのがここでした。 偶然に山の中にポツンと建つ廃屋を見つけ、安い値段で買取り、それから毎年自分たちの手で少しづつ改修をして住める家にしたそうです。 子供や孫ができて家族が増えて3世代目になった今もそれは続いています。住みながらも壁を作り、部屋の内装をし、子供達もそれを手伝う。 家の裏の小川で遊び、山の石を取ってきて削って階段を作る。ちょっとづつ長い長い作業をします。 Lozèreの家はファミリーの魂。他のバカンス地では物足りず、ここに戻りたい、と彼らは言います。
『Travel with a Donkey in the Cevènnes』は、『ジキル博士とハイド氏』、『宝島の作者』、 Stevensonが1878年にLozèreを旅した時の旅行記です。 Stevensonは当時の文明社会に嫌気がさして、敢えて心地のいい状況を壊して、ロバを連れてハイキングとキャンプで12日間を過ごします。
『私の場合、どこへ行くためではなく、行くために旅をする。旅のために旅をするのだ。この文明の羽毛布団から降りて、足元に花崗岩があり、 火打石が散らばっている地球を見つけるためだ』
Depardonの写真集RURALとドキュメンタリー映画の3部作『profil paysans』はLozère
のLe Villlaretを中心にした農民とその生活と人生の深いドキュメンタリーです。 Depardonは農家出身で、若くして家を出ました。 長い年月の後、農家の生活の価値に気付き、写真を、そして映画を撮ろうと、 農民とコミュニケーションが取れるようになるまで何年にも渡ってLozèreの農家を訪れます。 農民に受け入れてもらうのはアフリカの名もない村に行って取材するより、戦場に赴くよりも大変で、 フランス人であるDepardonは自分の国、こんなにそばに、こんなに遠いところがあると初めて気がついた、と言います。
フランスはヨーロッパの真ん中にあります。 昔から東西南北のヨーロッパの民族の中で強い近代国家を作ることに力を注いできました。 近代化が進んだときに、国家はさらに中央集権を強めます。 言語もその一つで国の言語を現在のフランス語の一つに決めて他の言語を禁止し、フランスのイメージの確立を計りました。 Lozèreのオキシタン語は禁止され、さらにプロテスタントであるこの地域は、フランス中央政府が目指すイメージとは違う、 文明発展、生活向上、という近代現代的な理想から抜け落ちたところだったのかもしれません。 そうして隠されるように忘れ去られる場所となった。
ここはリトリート先とは違います。気持ちよく準備されている、安心できる場所ではない。 この友人の家族とStevensonはだからここに逃げてきて、Depardonは戻ったのかもしれません。 社会の理想、価値観から離れた自分の庭を築くために。