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SIDE-B 「Folk/N 太田寿」

SIDE-B 「Folk/N 太田寿」

身につける中で、完成してゆく。

SIDE-Bは、BIOTOPにまつわる作家の背景と生活に迫るエディトリアル。
第二回に登場するのは、Folk/Nの太田寿氏。BIOTOP・ディレクターの迫村とともに、福生にある彼のアトリエへ訪れた。この記事では実際に店頭に並ぶジュエリーが、どのように形作られ、セレクトされていくのかを記録する。

アメリカの文化が日本の郊外にゆっくりと溶け出していったような街並み。福生の第一印象を言葉で形容するとそうなる。八王子インターチェンジを下りて横田基地沿いの国道を走り、ハンバーガーショップや古着屋を横目にしばらく進むと、Googleマップが指し示す住宅街の一角へ辿り着いた。古い米軍ハウスを元にしたアトリエ。Folk/Nの太田氏がそこで待っていた。
「一緒に働いている職人たちが作業をする工房と、商談や打ち合わせ用のショールーム兼自分用のアトリエ。二棟に分かれています。工房の方はもともと1960年代に教会として使われていた建物。米軍基地に発着陸する飛行機の音を防ぐために、二重サッシの窓がついているから、作業の音が外に漏れにくくてちょうどいいんです。元々懺悔室だった空間もあります。」

ショーケースの中には、世界各国のジュエリーと、太田さんが手がけた過去の作品が並ぶ。

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そう言いながら案内してくれたアトリエは、さまざまな文化の層を感じさせる品が混在しながら、整然としていて美しい。収集された骨董品・貴金属の影響はもちろん、福生という土地柄も関係しているのだろう。太田氏がこの場所を拠点に選んだ理由も、そんなところにあるのかもしれない。
「実は狙って福生にアトリエを構えているわけではないんです。ただ、僕自身は文化と文化が混ざったものが好きで、この場所は肌に合うんですよね。例えばこの絵は、インディアンとヨーロッパの人が共生している姿を描いています。西部開拓については長い歴史があり、それを全て理解できているとは言えませんが、ヨーロッパからもたらされた装飾品の文化をインディアンが独自に発展させて生まれたインディアン・ジュエリーの美しさに強く惹かれています。自分はそれを模倣するのではなく、新たに捉え直して作ることを意図しています。インディアンジュエリーの作家と呼ばれることには違和感があるんですよ。自分はインディアンではないし、単一の文化を模倣するのではなくて、いくつかの文化が混ざりあったときに新しい価値が生まれると考えています。」

インディアンジュエリーの歴史は古く、そして決してきれいなだけではない。アメリカの先住民=ネイティブアメリカンは1500年代に北米大陸に上陸したヨーロッパ人からビーズを学び、装飾品のデザインに取り入れたという説がある。
棚に大量に並ぶのはベネチアで仕入れたヴィンテージのガラス・ビーズ。1920年代のもので、中国やインドでビーズの大量生産が盛んになり、素材もプラスチックが主流になっていった。そんな歴史の奔流の中でイタリアのビーズ産業が衰退した結果、現在は希少性が高いものに。

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Folk/Nというブランドは、彼の言葉を裏付けるように、世界各国の文化への深い造詣を元に、それらを混交させることで新たな美しさを形作っている。シルバーやビーズなどを用いたアクセサリーや、ディアスキンのバッグが代表的な作品だ。
空間全体にその美意識は通底していて、ピエール・ジャンヌレのチェアと美しい什器が商談スペースに置かれ、ガラスのキャビネットにはアフリカの民族が手がける陶器やジュエリーが並ぶ。天井には自作のモビールが吊るされていて、シンプルでありながら様々な種類のルーツが混じり合ったムードを醸し出す。

「これまで海外へバイイングに行って、アメリカの高地の村を訪れて、ジュエリーだけではなく陶器や植物で編んだ器などを買い付けたりしてきました。さまざまなものを見てきましたが、引き算していった先で残るのは素材の良さだと思っています。シルバーはキャスト機という手法で量産されることが多いのですが、僕らは手で作っていて、そうすると完璧な直線は生まれない。古くから受け継がれてきた手法を続けているのですが、シルバーという素材の美しさを表現するためにはこのやり方が合っていると思います。ただ、蘊蓄や手作業の温もりみたいなことを掲げたいわけではなく、フラットに、感覚的に選んでもらえたら嬉しいですね。」

その意図を伺う前から、迫村はFolk/Nのジュエリーを目にして、「直感的に自分達が提案する服装に合いそうだと思った」と語る。無骨さの中にわずかな柔らかさが共存するジュエリーは、男性はもちろん、女性が薄手のカシミア・ニットの上に合わせてもいい。迫村は常日頃から、BIOTOPに訪れる人についてのイメージを言葉にしている。それは、言葉で明確に区別されるわけではない空気として、ショップの空間、そして一つ一つの商品に反映されている。

古いビーズで製作されたネックレス。魅力的だが、今回はよりミニマムなシルバーのジュエリーのみを選んだ。

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独特の白っぽく輝く質感は、純銀と呼ばれる99.9%以上がシルバーで組成される素材を使っているからこそ生まれる。
一般的にシルバーのジュエリーには、シルバー925が用いられることが多い。銅などの素材を7.5%混ぜることで金属の強度を高めるが、混ぜた金属の性質で黒く酸化してしまう。純銀は黒くくすまないかわりに金属にしては柔らかいという特徴を持つ。
「純銀は傷が入りやすいんです。それはデメリットとも言えるし、美しくエイジングしていくと捉えることもできる。僕は新品のシルバーってちょっと気恥ずかしいんです。10年くらい愛用してくださるお客様がいるのですが、久々に見させてもらって”かっこよくなったな”と素直に感じました。つけて生活してもらって、それでようやく完成するものだと思うんです」

着用する中で完成するジュエリー。それがFolk/Nが目指すものだ。多様なラインナップの中から迫村がセレクトしたアイテムは6点。まず一つ目のジュエリーは、純銀の重厚なブレスレット。今回の取り組みのきっかけとなったもので、太田氏と迫村の共通の知人が着用していたブレスレットを元に、型から別注を依頼した。大ぶりなチェーンの連なりでインパクト抜群だが、わずかな歪みと白い純銀の色合いで、見たことのない仕上がりに。触れると液体のようななめらかさを感じる。

取材時に太田氏が着用していたラテンアメリカンモチーフのブレスレットの同型もセレクト。こちらはシルバー950を使用。インパクトのある形だが、実際に腕につけると服装にしっくりと馴染む。

ネックレスは二種類。一つは、ジェットを用いたシンプルかつ民族的な空気を持つもの。高級感のある質感で、上品なスタイルの中で調和しつつ、存在感を放つ。ジェットとは、流木が水底に堆積して化石化した石炭の一種で、主に炭素から構成されている。和名は「黒玉」と呼ばれ、世界最古の宝石との異名を持つ。

シェル素材のネックレスは、わずかに入るシルバーがエレガント。天然素材を用いたアクセサリーは、どこか土っぽい印象になりがちだが、この逸品は非常に洗練されている。また、ジュエリー以外にも、ディアスキンを用いたレザーバッグと、独自の機構を持つキーホルダーも制作予定。 ※店頭で展開する商品は異なる素材の場合があります

留め具の曲線的な形状が美しい。手作業で非常に細かく緻密な仕事が施されるからこそ、スムーズに、かつ中長期の使用に耐えるパーツが完成する。このブレスレットを元に、キーホルダーを制作してもらうことを約束していた。

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太田氏にジュエリーの製造工程について尋ねると、実際にその場でシルバーを熱し、溶かして、形を作るところを見せてくれた。その溶けてまた形作るというところに、一つの魅力があるのだと彼は言う。
「昔のインディアンジュエリーは、アメリカの銀貨を溶かして再利用していたんです。材料がなくても、身近にあるものを工夫して作るというストーリーが好きです。装飾品なんですけど、貴族的ではない。人の暮らしの中にあるような。人と共にあるような、そういうものに惹かれているんです。」

古い銀のコインを数分間熱すると、だんだん液体化していく。身の回りにある素材を工夫して用いる、昔ながらの発想と手法だ。

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まるで呼吸をするように自然にシルバーを扱う姿は、職人としての長い時間の蓄積を感じさせる。彫金を始めたばかりの頃は、とにかく毎日、十時間以上シルバーを触っていたのだそう。

シルバーの表面に型押しをしていく作業。スムーズに進めているが、緻密な感覚が求める。
糸鋸でシルバーを裁断。細かくサイズを測ることもなく、体感でほとんど誤差が出ない。
研磨前のブレスレット。使用する中で擦れて、より輝きが出てくる。仕上げ一つで全く異なった表情に。手前の棒は加工前のシルバー。
最終的に選んだのは、この4種類のジュエリーに加え、キーホルダーと、ディアスキンのバッグ。それぞれごく少数の入荷になる見込み。

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個人が積み重ねてきた技術と感性。その背景には世界中の歴史がある。それらが独自のバランスで重なり合って生まれるシルバージュエリーは、間違いなく他にはないものだ。毎日着用して、10年後により美しく、完成へ近づく。本当のラグジュアリーとは、そういう個人的な喜びを身につけるもの一つ一つに感じることなのかもしれない。
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<PROFILE|太田寿>

1979年、神奈川県出身

10代後半にnorth cafe&craftとの出会いがきっかけでものづくりに興味を持つ。

パイレックスガラスやレザークラフトを学んだのち独学でシルバー製作をはじめる。

アクセサリーブランド<NORTHWORKS>の立ち上げに参加。

民族や文化が交わる事で生まれる新しい価値や背景をインスピレーションに2020年<Folk/N>を 立ち上げる。

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TEXT:TAIYO NAGASHIMA
PHOTO:RYUHEI KOMURA

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