BIOTOP PEOPLE

No.25 Ramdane Touhami

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No.25 Ramdane Touhami

1803年創業のパリの美容ブランド オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー
(以下、ビュリー)。
植物由来の成分でできたスキンケアアイテムやアルコールフリーの水性香水など、
誠実なものづくりとパッケージの美しさで世界の美容通を魅了するブランドだ。
うっとりするようなビュリーの世界はどのようにして生まれるのだろう?
自身もビュリーのファンというBIOTOPディレクターの迫村が
ビュリーオーナーのラムダン・トゥアミに話を聞いた。

無類の買い物好きであるラムダン。インターネットショッピングではなく、とにかくリアルなお店が大好きという。店のもつ雰囲気、スタッフのふるまいなど、心を捉える店には様々な要素があるといい、そうしたお店を作り上げるのも楽しくて仕方ないそうだ。

迫村(以下、S)ビュリーはもともと1803年創業の老舗美容薬局で、2014年にラムダンが総合美容薬局として蘇らせたんですよね。そのいきさつについて聞かせてもらえますか?

ラムダン(以下、R)創業者のビュリー氏はヴィネガーをベースにした斬新な香水を考案したイノベーティブな調香師で、19世紀フランスの文豪オノレ・ド・バルザックが本の主人公のモデルにするほど時の人だったんです。しかし、いつしか時代遅れになってしまった。いつの時代でも、アップデートしないとものは忘れられてしまう。とは言え、それまでにない香水を作るというビュリー氏のヴィジョンには共感しました。そこで僕は妻のヴィクトワールとともにこのブランドの哲学を引き継いで今らしく蘇らせようと思ったんです。

ビュリーのアイテムはハンドクリーム、トゥースペーストなどユニセックスのものが多く、若い男性にも人気がある。

S 蘇らせるにあたってこだわったことは?

R 過去と未来、そのどちらも彷彿させる存在にすること。そしてエレガンスを醸し出すこと。

S ラムダンは忘れ去られていたものを掘り起こすのが得意ですね。ヨーロッパで現存する最古のキャンドルメーカー、シール・トゥルードンにも関わっていたんですよね?

R そう。シール・トゥルードンは1643年に誕生したフランスのロウソクのメーカー。ルイ14世の宮廷で使用されていたなど、多くの逸話を持っているのにその史実がきちんと伝わっていなかったからそれを伝えることでブランドの認知度を上げようとしたんです。そういうストーリーを知ると人はものに対する愛着が湧くでしょう?

S 歴史あるブランドをうまくアップデートしますね。もともと歴史に興味があったんですか?

R 歴史に興味があるというか、昔からホンモノと言われている、古来から引き継がれた今でも重宝されている素晴らしい物や事に興味があります。 昔の人がこだわり抜いた技術やクリエイティブな製品を今のお客様に分かり易く解釈してもらえるようにすることが好きなのかもしれない。僕のルーツはストリートかな。ティーンの頃はスケートボーダーだったんです。17歳でTシャツのブランドを立ち上げ、76店舗まで広げることができたんですよ。でもね、23歳だったと思う、その頃からファッションデザイナーのマーク・ジェイコブスやジェレミー・スコットと仲良くて、ファッションブランドのパーティというものに初めて行ったんです。そこに行くと女の子がたくさんいる。スケートボーダーでは女の子の気を引くことはできないってそのとき気づいて、スケートボードはやめた(笑)。よこしまな動機。今ではハイファッションよりもストリートカルチャーの方が人気あるかもしれないね。そこからファッションの世界に入って、AndAのデザインもやったし、リバティ、ボン・マルシェのアーティスティック・ディレクターも任されたんです。

S 活動の幅が広いですね。

R ファッションデザインに限定するのはつまらないと思いませんか?1997年にオープンして今はなくなってしまった「コレット」はファッションを扱うだけじゃない、セレクトショップの先駆けでした。オーナーの サラは長年の友人だからよく知っているけれど、毎週日曜日になるとそれまでのディスプレイを一斉に替えるんです。同じショップなのに次の週に行くと別のショップみたいになっていて、そこまでするの?って感心させられたものです。する側は大変。でも、毎週新しいものに出会えるから世界中から人が訪れた。日本のクリエイターの中にもそうやっている人たちがいる。僕は1995年に初めて日本に来たんだけれど、川久保玲さん、高橋盾さんに出会って衝撃を受けました。彼らは服のデザインから、ショップの空間デザインまで人の目が触れるあらゆる点をコントロールするため、すべて自らデザインします。徹底している。だからブレない「コム デ ギャルソン」の世界、「アンダーカバー」の世界を構築できたんだと思う。彼らのファンは服そのものというよりも、服に対する彼らの思想や向き合い方に憧れ、共感しているのではないでしょうか。服はブランドの根幹をなす存在に違いありません。けれど、どれだけ強烈なインパクトを与えても、シーズンごとに変わる儚い存在です。服だけでは一貫したブランドの世界を伝えることはできないと思っています。

日本との接点は25年にも及ぶというラムダン。1990年代、日本はファッションデザイナーだけでなく、ショップのバイヤーのこだわりだって型破り。海外の買い付けの際、欲しいもののイメージが決まっていて、決して譲らず、そのこだわりがショップの空間にも表れていたと振り返る。

S だからビュリーのショップのデザインにもこだわるんですね。パリ、6区のボナパルト通りにあるビュリー第一号店を初めて見た時、商品の美しさと店舗が見事に一体となってビュリーの世界を作り上げていると感心しました。商品の容器やパッケージもすべてラムダンがデザインしているんですよね?

R ええ。ビュリーは古き良き時代のフランスを彷彿とさせる総合美容薬局です。お客さんがお店に足を踏み入れた瞬間、あたかも何百年も前のフランスにタイムスリップしたような世界に浸ってほしい。ファンタジーを提供したいんです。ビューティーにはファンタジーは大切ですから。そのファンタジーを作る上で、商品もお店の空間演出も、同じくらい重要な要素だと思っています。19世紀の内装によく使われていた石や木材を取り寄せるなど、オーセンティックにこだわっています。そうした思いでビュリーの店をデザインしているので、商品を店と切り離して置くことは考えたくもない(笑)。

S そこまで手塩にかけて作り上げたビュリーをBIOTOPで扱うことができてうれしいです。BIOTOPの印象を聞かせてもらえますか?

R 雰囲気と、リテールのスキルの高さが好きです。しかし、ビュリーの世界観を崩すことなく、BIOTOPに持ち込むためにはいろいろ工夫が必要でした。商品を並べるキャビネットはフランスのアンティークマーケットで探し求めたヴィンテージの棚です。

S これから10年、20年後、ビュリーをどんなブランドに育てていきたいと考えていますか?

R 例えていうと、骨董市で見つかるような存在にしたいんです。ビュリーの水性香水やローションの容器は美しいデザインのガラス製。こだわって作っているので、中身を使い切ったあとも飾っておくお客さんが多いんです。ほかの化粧品の空きボトルでは考えられないでしょう?そうしたボトルをいつか蚤の市で見つけたら、心躍りそう。それはビュリーのプロダクトが別の用途、つまり第二の命を与えられたことになるからね。

大きな木が植えられているビオトープについて、時とともにこの木々が成長して建物に味わいを与えてくれるんだろうねとラムダン。

Photo / Yosuke Ejima  Composition / Kanae Hasegawa

Ramdane Touhami

ラムダン・トゥアミ●1974年、モロッコ系フランス人。妻のヴィクトワール・ドゥ・タイヤックとともに1803年創業のフランスの総合美容薬局「オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー」のオーナー。これまでにパリの百貨店「ボン・マルシェ」やロンドンの「リバティ」のアーティスティック・ディレクターを歴任。その後、現存するフランス最古のキャンドルメーカー「シール・トゥルードン」をリブランディング。2014年に「ビュリー」を蘇らせ、扱う商品のための自然由来の原料を求めて世界各地を旅する日々。商品の容器、パッケージ・デザインなど全てのクリエイティブを監修し、パリ2店舗、ニューヨーク、ロンドン、東京、ソウル、台北、香港のショップの空間演出も手がけている。

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